映像作家への第1歩
多くの映像作家を輩出してきたイメージフォーラム映像研究所の2018年度(第42期)卒業制作展。
今年は映像アートコース、アニメーションコース合わせて17作品を4プログラムで上映。1年を通じて築かれたイメージが鮮やかに結実する、映像作家への第1歩。
Aプログラム 4作品85分
アンナ・ファルチのいる階段 伊澤夏男/10分/2019
どんぐり蝶 永井桃子/5分/2019
空を見上げて 寺島万智/10分/2019
日本の姿 東京のお蛇さま 前田大介/60分/2019
Bプログラム 4作品80分
Sky Circle (ongoing) ジョイス・ラム/11分/2019
Regeneration 吉田哲正/30分/2019
ECHOES 坂本裕司/15分/2019
24minutes 立川清志楼/24分/2019
Cプログラム 5作品71分
HANAKO エルサムニー・ソフィー/10分/2019
今夜のキス、行方不明 徐夢柯/6分/2019
mine - wp 灰尾諒美/5分/2019
光屈性グラフィ 藤井あんな/20分/2019
ひとりぼっちのあいつ 田中慧/30分/2019
Dプログラム 4作品81分
めくるめく大地 赤堀香菜/12分/2019
Uncertainty of existence 井筒優菜/13分/2019
美しくあいまいな日本の私たち トモトシ/16分/2019
FARM 山内健太郎/40分/2019
作者コメント
アンナ・ファルチのいる階段
「アンナ・ファルチって誰!」
イタリアの雑誌付録の巨大ヌードポスター、壁のぼろかくしに貼って気が付けば30年経過、イタリアの女優さんアンナ・ファルチの若き日のヌードポスターなのでした。
どんぐり蝶
野原で昼寝をしているうさ吉の頭上にドングリの形をした奇妙な蝶が飛んで来る。蝶は可愛いウサギに変身し、うさ吉はウサギの気を引こうと努力するが逃げられてしまう。やがてまた蝶が飛んで来て…。木版画の絵本を元にFlashで制作したアニメーション。
空を見上げて
「空を見上げる」という行為に、所属や言語を超えて、なにか共有できる感情があるような気がしている。
日本の姿 東京のお蛇さま
東京には様々な神さまが祀られているが、その中で最も巨大な神さまがお蛇さまである。東京の蛇信仰は前回の東京オリンピックのあった1960年代に広がり、今ではそのご神体は東京を覆い尽くしている。お蛇さまとは一体何か。隠された東京の風景を探す。
Sky Circle (ongoing)
中国・杭州の郊外にある「天都城」というニュータウンには、エッフェル塔のレプリカが佇んでいます。私たちはヨーロッパ風の住宅がずらりと並んでいる「ジャンゼリゼ通り」を巡り歩きながら、そこで暮らす人々の日常に飛び込み、彼らの物語、彼らにとっての住まいと暮らしの理想像について聞き出そうとしていました。
※本作はジョイスがディレクションやインタビュー、編集を担当し、現在ロンドン・フィルム・スクール映画制作修士課程のシンニャ・ギュンターが撮影し、二人の共同プロジェクトです。現地に再び訪れて、撮影を継続する予定です。
Regeneration
幾つかリズムが人の人生には流れている。どんな人生になるかは気づきだけかも知れない。1999年、娘の誕生で買ったビデオカメラで撮り溜めた膨大な写真や映像素材から読みだした過去と現在、未来を紡ぐセルフドキュメンテーション作品です。個人に置ける人生観に新しい視点を取り入れるサンプルとして提示いたします。
ECHOES
“自分はどこから来て、どこへ行こうとしてるんだろう?今いるここってどこなんだろう?” 何気ない日常の中で、そんな不思議な感覚に陥る瞬間はありませんか? 掌をじっと見ていると、僕はよくそういうエアポケットにすっぽりはまることがある。その奇妙な隙間からは、否応なく遠い木霊が身体の中を駆け巡ってきて、どうあれここではないどこかへと僕を連れていく。
24minutes
映像とは、鑑賞者を「持続的思考活性状態」へと誘導するもので無ければなりません。この24分の映像を視聴中「慢性的思考停止状態」へ突入した場合は「能動的機能不全」の疑いがあります。それは、「資本主義式プロパガンダ映像」の視聴過多から発症します。映像は「受動的視点」と「能動的視点」の組み合わせで鑑賞しましょう。
HANAKO
作者自身の家族やこれまでに縁を持った土地との距離感をベースに、交わらない世界をテーマとして、沖縄、カイロ、シーワ砂漠、東京の断片たちと、ナレーションを通して自身の存在の語り直しを試みる私的ロードムービー。
今夜のキス、行方不明
グリム童話「カエルの王様」から啓発された作品です。奇妙な工場で、唇がないスタッフが働いています。カエルは原料として生産ラインに並んでいます。そして、不思議な物語が始まります…。
mine - wp
私だけの作品をつくりたいという執着心のみで作成しました。
はじまりは高校生のとき、シャッタースピードをはやくして撮った宙に浮く水滴に感動したことです。
自然法則に逆らっている現象への驚きを感じてもらえればと思っています。
光屈性グラフィ
光に誘われ蠢めく正の屈曲。影に堕ち夢をみる負の屈曲。
ひとりぼっちのあいつ
映像制作の課題を提出しなければならなくなった私は、悩んだ末に昔の旧友の家を訪ねることにした。彼は5年間引きこもりの生活を続けている。彼の生活を撮り始めることにしたのだが……。
めくるめく大地
そのときすべての時間は浸透した。あとにのこった皮膚をめくって1枚、2枚。行きつ戻りつ、破って貼って、表裏も忘れてしずかに踊り続ける大地。わたしは物質的身体として生きながら、個々の身体と不可分な時間について考え続けていた。すべての表面=皮膚=大地をつぶさに観察した、8年目の個人的思案。
Uncertainty of existence
人間は死ぬと物質的には消えてしまうが、遺された他者の中では「存在」としてあり続ける。他者に認識されることが人間の「存在」としての条件とするならば、観客という他者は映像に映し出された人間を“存在させること”ができるのだろうか。
美しくあいまいな日本の私たち
僕は「都市空間や公共ルールに歪みを生むアクションを行い、そのリアクションを記録する」ことで制作をしている。僕は長年建築設計に携わってきた。そして人の感情や振る舞いは無限にあり、それらを完璧に形態化(デザイン)することは不可能だという事実に悩まされてきた。皮肉にもこのデザインの不可能性に対する諦念こそが、アーティストとしての制作のモチベーションになっている。
FARM
「山の景色を見た。それは夢だった」夢に誘われるように「僕」はある牧場へと赴く。ずっと草を食み続けるヤギ。人工授精で完全管理されたウシ。臆病なヒツジ。親切な牧場長。様々な出会いを通して語られる話を胸に街に戻った「僕」は月旅行のニュースを見る。そして、ある夢を抱くのだった。牧場とは、家畜とは、社会とは。作者がパーソナリティとなり、彼の日常の前に現れた景色を紹介するラジオ映画。