国内外の映像アート作品の上映、レクチャーを定期開催。古典的名作 から、最新の実験映画まで

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■フランスアヴァンギャルド映画
 前衛(アヴァンギャルド)とはもともと軍隊用語で、戦場で最前線に立つ兵力のことを意味している。したがって前衛映画とは、一般的にはそこから転じて、映画芸術上の先端に挑むラディカルな映画のことを指すが、第二次世界大戦後に再び前衛映画がアメリカを中心に興隆するまでは、歴史上の固有名詞として1920年代のヨーロッパ実験映画を総称するものだったといってよい。

 前衛映画に共通して見られる基本的性格は、次の三点に要約することができる。第一にものの見方や感じ方の習慣性を懐疑し、既成の表現には見られなかった未知の世界をラディカルに追求していること(実験性)、第二に公的な表現体質を脱却し、自身の肉声に忠実であること(個人性)、第三に商品として興業的に成功しようと世間に媚びないこと(反商業主義)である。この点に関しては1920年代の前衛映画と第二次大戦後の前衛映画に根本的な差異はない。強いて1920年代の前衛映画に固有な特徴をあげれば、その作品傾向が基本的にイズム別、国別に分かれ、しかもたとえば、表現主義、未来派、ダダイズム、シュルレアリスムなど、当時支配的だった美術や詩の前衛的潮流に決定的に影響されていることだろう。事実、前衛映画の代表作は、むしろ画家や詩人によってつくられたものが多い。

 ところでそれら前衛映画が、映画史上に忽然と現れた社会的基盤が、第一次大戦によってもたらされたアノミックな状況にあったことは明らかである。そこでは一切の秩序や規模や価値観が崩壊し、世界と自己を調和させていた遠近法的なパースペクティヴも解体した。そのことが作家たちに、目に見える実在世界を懐疑させ、目に見えない心の内側の世界に関心を抱かせたことは疑問の余地が無い。(松本俊夫「新映画辞典」(美術出版社)より抜粋)


■「デュシャンは語る」
 ------あなたはルネ・クレールの『幕間』に、マン・レイ、ピカビア、サティらと一緒に出演なさっています。それからロルフ・ド・マレのバレエにも。これは折衷主義の・・・(インタビュー/ピエール・カバンヌ)

 そう言ってもいいですよ。『幕間』というのは、そのタイトルが示しているとおり、あるスウェーデンのバレエの幕間に映写されるものでした。私が出たのは、ピカビアとサティの『休演』の場面です。上映は一回しかなされませんでした。私は付髭と葡萄の葉で、裸のアダムに扮しました。イヴをやったのはブローニャというロシアの若い女性で、彼女もやはり全裸でした。ルネ・クレールは上の方の屋根組にいて、私たちに照明をあてていました。そしてそこから彼女に恋をしてしまったのです。彼らは数ヶ月後に結婚しました。私はマッチメーカー、ほらあの結婚の仲人役をつとめたのです!『幕間』にはシャンゼリゼの屋根の上で、私がマン・レイとチェスを指す場面があります。そこにピカビアが水まきホースを持ってやってきて、すべてを洗い流してしまうのです。ひじょうにダダ的でした。そうでしょう。

------あなたは映画や演劇に、何を求めていらっしゃったのですか?

 映画はその光学的な面がとくに私はおもしろかった。私がニューヨークでつくったような回転する機械を組立てるかわりに、私は考えたのです、なぜフィルムを回さないのか、と。そのほうがずっと単純でしょう。でも映画そのものをつくるほどには、私はそのことに興味を持ちませんでした。それは私が得た光学的な効果に到達する、より実際的な方法だったのです。「あなたは映画を作ったじゃないか」と言う人には、私はこう答えます、「いや、私は映画は作らない、あれは私が望んでいたものへ達するための--とくに今ではそれがよくわかりますが--便利な手段だったのだ」と。
 それに、あの映画は奇妙なものです。今のようによくできた機械もなかったので、1ミリ1ミリ仕事を進めていきました。ミリメートルの目盛が付いた小さな円盤があって、1コマ1コマ回していったのです。そんなことを2週間もしました。装置の速度調節ができなくて狂ってしまい、かなり速く回ってしまったので、光学的な効果がおかしなものになってしまいました。それで機械仕掛けを放棄し、すべてを自分たちでやるはめになったのです。いわば手への回帰ですね。(岩佐鉄男、小林康夫訳/ちくま学芸文庫)

アネミック・シネマ
受付(入替制)
当日900円/会員600円/4回券2,500円

<上映作品>
プログラムA
月世界旅行 ジョルジュ・メリエス/10分/1902
ジュピターズ・サンダーボルト
ジョルジュ・メリエス/3分/1903
マジック・ランタン ジョルジュ・メリエス/3分/1903
人魚 ジョルジュ・メリエス/3分/1904
狂熱 ルイ・デリュック/30分/1921
微笑むブーデ夫人
ジュルメーヌ・デュラック/26分/1923
幕間 ルネ・クレール/14分/1924

プログラムB
バレエ・メカニック フェルナン・レジェ/11分/1924
メニル・モンタン ディミトリ・キルサノフ/25分/1925
時のほか何物もなし
アルベルト・カヴァルカンティ/30分/1926
アネミック・シネマ マルセル・デュシャン/8分/1926

プログラムC
アッシャー家の末裔 ジャン・エプスタン/45分/1928
アンダルシアの犬
ルイス・ブニュエル、サルバトール・ダリ/15分/1928

プログラムD
理性に帰る マン・レイ/3分/1923
エマク・バキア マン・レイ/18分/1927
ひとで マン・レイ/15分/1928
サイコロ城の秘密 マン・レイ/22分/1929
ニースについて ジャン・ヴィゴ/25分/1930

※ニースについては8ミリ版、他の作品はすべて16ミリ版での上映になります。


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