国内外の映像アート作品の上映、レクチャーを定期開催。古典的名作 から、最新の実験映画まで

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カリフォルニア・トリロジー
 ジェームズ・ベニングの「カリフォルニア・トリロジー」は、見るという体験の豊かさを、イメージの多面的構築と映画的時間の生成をとおして感じさせる。大都市ロサンジェルス、そこに食物や水を供給する周辺の農村地帯、それをとりまく荒野から採取されたイメージの断片を、ワンショット2分30秒のカットが35個並列される3本のフィルムに組み込んだこの作品は、カリフォルニアという土地の複雑で豊かな総体が、地味な労働や日常の風景の蓄積から成り立っていることを暗示する。全ての断片が等価に扱われる一方で、一見機械的な固定カメラの記録には、その場でときを過ごした人の感情をフィルターに、平凡な光景が意味を担う瞬間へと変わる過程が捉えられている。
 砂漠に放牧された家畜や、一面のポピーフィールド。正面から撮影された画像が、圧迫感をあまり感じさせないのは、画面と観客の関係を一方通行的ではないものにする、ベニングの工夫のためだろう。彼の映像の切り取り方は、凝視とよそ見、注意の集中と拡散の周期を、ほどよく刺激する。その清潔な映像は観客をひきつけるが、あまりに微少だったりゆるやかだったりする変化のため、観客は我知らず別のことを考えたりする。そしてふと、光の翳りや、画面転換に気付き、次の変化の瞬間を捉えようと緊張するのだ。そういう、画面と意識の間に生じる「おいかけっこ」のようなものを通じて、観客は自分の内的時間と、映写時間のずれを感じ、その差異の感覚に、物語の線的な時間とは異なる、映画の時間の独自性を体験することになる。そうした効果は、スコット・マクドナルドによるベニングのインタビューで語られたエピソードを思い出させる。つまり、彼が穿孔のアルバイトをしていたとき、単調な作業の間にぼんやりと夢想するが、その夢想の長さは穿孔機のまわってくるリズムによって限定される、という経験を、初期の映画『Time and Half』に使ったというのだ。その体験は、「カリフォルニア・トリロジー」では、視覚の構築そのものに生かされた。意識と無意識のはざまの知覚の揺れを模倣するかのように、ベニングのカメラは、あるイメージを凝視するよう観客に強要する一方で、その固定された視線の一定の長さによって、イメージから「逃げる」ーー焦点のある視覚から逸脱するーー機会を与える。そのため、視覚を通して意識がイメージと同化するとき実感される「持続」(duration)がいっそう明確に意識される。  
 「カリフォルニア・トリロジー」の魅力は、視覚体験の組み立て方だけにあるのではい。ことに『ソゴビ』の映像では、アメリカ人の眼によってしか切り取れないであろう、フロンティアの面影を彷彿とさせる西海岸の風景の空間的な広がりや孤独の記録が、個人的な思い入れを拒絶するミニマルな構造にあってなお、ベニング自身のアイデンティティーのありかを感じさせる。それは、ロスからオクラホマへの帰郷の道筋で撮った26のガソリンスタンドの写真を、精神の道標として並べたエド・ルッシャの本や、中西部の車の競売人たちの早口の繰り返しと、エレベーターやレーダーなどの繰り返し運動を重ねることで、アメリカ的労働の凡庸なイメージを、詩的な総体の象徴に昇華させたダグ・エイケンのフィルムに通じる姿勢だ。 彼等の作品同様、ベニングの場合も、ありきたりな断片の集積が、紋切り型の記述をたちきりながら、開かれた視覚だけが感知する場のリアリティーをつかみとっている。(松井みどり 美術評論・比較文学)

「カリフォルニア・トリロジー」について
『セントラル・ヴァレー』完成間近になって、私はその姉妹編というべき『ロス』の構想を頭に思い描きはじめた。『セントラル・ヴァレー』の都会ヴァージョン『ロス』は、ロサンゼルスのポートレートである。セントラル・ヴァレーが水源となってロサンゼルス市に水が流れていくことからすると、その発想は当然のように思えた。『ロス』は『セントラル・ヴァレー』と同じ構造を持ち、同じ緊張感で対象を見つめ、音を拾うものでなくてはならない。このふたつの作品は『セントラル・ヴァレー』のラストショット、ホイーラー・リッジを越えてヴァレーから水が押しだされるところから、『ロス』のファーストショット、マルホランドで最初につくられた排水溝が、水をロサンゼルスに運び込むところでつながっている。『ロス』をつくり終え、3部作としてとして『ソゴビ』を付け加えた。 都会と郊外のポートレートは、カリフォルニア全体を見渡すため、その自然を必要としたのだ。『ソゴビ』は他の作品と同じ構造を持ち、カリフォルニアの自然を見つめ、それに耳を傾けたものだ。『ソゴビ』の最初のショットは『ロス』の最後のショットとつながり、『ソゴビ』の最後のショットは『セントラル・ヴァレー』の最初のショットとつながって、当初の謎を解き明かす。3部作全体は、相互に関連するパズルとなるのだ。
(ジェームス・ベニング)
*「ソゴビ」とはショショーニ語で「大地」という意味。

ジェイムス・ベニング●1942年、アメリカ・ウィスコンシン州ミルウォーキー生まれ。その町でドイツ移民の息子として育ち、数学者としての教育を受ける。ウィスコンシン大学で映画を学ぶ以前から、インディペンデントの映画作家として活動を始め、当初は短篇映画、その後は長めの実験的な作品を手がけるようになる。78年から85年にかけては、数多くのプロジェクション作品やコンピュータ・インスタレーションも制作している。また、77年から80年まではカリフォルニア大学、オクラホマ大学で教鞭を執り、ニューヨークに居を移したのちもインディペンデント映画作家としての活動を継続。現在は映画制作に加え、カリフォルニア芸術大学ビデオ学部で(87年以来)授業を持っている。
ロス
ソゴビ
受付(入替制)
当日900円/会員600円/3回券2,000円

<上映作品>
すべてジェームス・ベニング作品

セントラル・ヴァレー 16ミリ/90分/1999
ロス 16ミリ/90分/2000
ソゴビ 16ミリ/90分/2002
 
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