国内外の映像アート作品の上映、レクチャーを定期開催。古典的名作 から、最新の実験映画まで

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2004/9/26,10/3

遠い声 遠い視野
リュミエールがシネマトグラフを発明し、興行させた時代から、神秘的な風景や行ったことのない土地を垣間見せる「紀行物」というスペクタクルは存在していた。どうやら、"遠く"への希求は根が深い感情なのだろう。映画はしばしば、観客の眼と耳をつかの間の小旅行にいざなう。地球上の秘境は撮影し尽くされ、異国情緒という言葉は無効化している。まだ見ぬ土地とは、今では組み立てられたイメージという形で"再"発見される物なのかもしれない。今回の2プログラムは、見出された異国、喚起された記憶から映像作家が見つめる「彼方」の方角を知ろうとするものである。
Aプログラムでは、風景を加工して異(国)化を試みる。田名網敬一は印刷の版の間にできた微少な差に楽園を見出し、Table Labo の2人は、特定の場所を感じさせない微睡んだようなカメラ・アイで、風景をよそ行きに仕立てる。紀行実験映画を撮り続ける万城目純はモンゴルやマダガスカルに向けたのと同じ視線を日本に向け、リュミエールの如き手回しカメラで日本の風景を振付る。ファウンド・フッテージ(資料映像の再利用)の技巧派であり叙情派のマティアス・ミュラーは、故エルンスト・ヤンドゥルの詩の世界を再現する。既存の映像と作者自身のホーム・ムービーからなる楽園は、消え去った子供時代と名前を変えていた。
Bプログラムはダイアローグ(対話)とモノローグ(独話)の2作品。井上朗子は、「この先2度と会うことのないだろうが強く記憶に残っている人」についてのインタビューを行う。ここでは話の登場人物はもちろん、話者さえも姿が見えず、その声だけが映画に記録されている。画像は新潟の荒涼とした光景で、しばしば黒味がインサートされる。シンプルだが効果的な構成により、話者の記憶と観客の想像上の面影が、その光景で出会っているかの様である。ホリス・フランプトンの70年代の傑作「ノスタルジア」では、語りとその対象の対応関係をずらすことで、特定の記憶、追憶の現前を体験できる。一通りの短いナレーションが終わったあとで、その正体を知るのだ。特に、ナレーションと画像の間にできた無音の数十秒のブランクが"遠く"への思いを最大限に加速する。(澤隆志)

作品コメント
wind tone●一羽の鳥が海にたたずみ、周りを飛び交う魚に目もくれず、ただじっと何かに耳を澄ましているようだった。
(水野勝規)
人工の楽園●印刷のプロセスを熟知しているグラフィック・デザイナー田名網敬一によって、はじめて可能になる印刷の現象学を媒体とした映画であり、印刷技術におけるカラーの構造と重ね合わせることによって、カラー映画の有り様を解体してみたのである。(谷川晃一)
Table Labo作品集●そこここにある「しるし」を集めること
それは、兆しであり、予感であり、記憶であり、手がかりであり・・・
私たちは旅先でそれらを集め、そして持ち帰りました
回る舟、小さなホテルの中庭、岸
見つめ続けたもの
耳をすませながら待ち続けた時間
旅のあと少し時間をおいて、私たちはその音の無い映像を加工し
後からさまざな音を加えていきました
物語というほどのものではなく、始まりも終わりもなく
ごく短い時間が繰り返し過ぎる映像を作ろうと思ったのです
しるしをたどって次のしるしに・・・ (Table Labo)
AKB-Deluxe-●声を聞いたような気がする。確かに眼前に繰り広げられている光景は典型的な“ニッポン”の祭囃子。当然その空気中を伝わり耳に入る音は笛、太鼓に違いない。そう考えるのが論理的。でも現実はそうはいかない。その時、私の頭の中を循環した音は、かくなる、このようなラウンジ系のものであった。と、すると今、視ているものは、本当に生ものなんだろうか、そんな疑問からは視覚は痙攣し、疾走し、咆哮する。より遠いところに向かって。 (万城目純)
●2000年に夭折したオーストリアの有名な詩人エルンスト・ヤンドゥルの芸術に賛辞を捧げながら、子供時代に関するヤンドゥルの詩と視覚的に等価のものを創造している。彼の詩は児童言語で書かれていて、童謡や子供のお祈りを含んでいる。映画ではナレーションに現われ、ファウンド・フッテージと実際の撮影とを織り交ぜて、成熟した大人の立場から子供時代の消え去った思い出を心に呼び起こしている。
ダイアローグ1999●映画に画(絵)は要るのか。何かを思い出すとき、誰かの話に静かに耳をかたむけるとき、そこに画(絵)はあるのか? 誰かが誰かに向けたぼんやりした想いに、ぼーっとした視線で捉えた心象風景を重ね合わせた、映画によるコミュニケーション素描の試み。(井上朗子)
ノスタルジア●作者であるホリス・フランプトンの初期の写真12枚を使って制作された。映画では、各写真がそれぞれ順に約3分をかけて電熱器で燃焼するシーンを写しだす。そしてこの映画の最も特徴的なことは、意図的にナレーションを写真一枚分時間をずらして進行する特異な構造にある。観客は視覚と聴覚のずれによって、記憶と期待のアクティブな行動を強いられることになる。

Rose Garden
AKB-Deluxe-
受付(各回入替制)
当日900円/会員600円/2回券1500円

上映作品
Aプログラム<まなざし>

wind tone 水野勝規/ビデオ/8分/2004
人工の楽園 田名網敬一/16mm/14分/1975
tour Table Labo/5分/2002
Rose Garden Table Labo/4分/2003
Travel Table Labo/5分/2003
砂漠と島 Table Labo/2分/2004
AKB-Deluxe- 万城目純/8ミリ/13分/1998
マティアス・ミュラー/35ミリ(ビデオ版)/12分
/2000/ ルクセンブルグ、ドイツ、オーストリア

Bプログラム<おもかげ>
ダイアローグ1999 井上朗子/8ミリ/38分/2000
ノスタルジア
 ホリス・フランプトン/16ミリ/36分/1971

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