国内外の映像アート作品の上映、レクチャーを定期開催。古典的名作 から、最新の実験映画まで

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2005/6/19

先行逃切 第4回上映会
自分が撮りたいものにレンズを向ける。誰が何と言おうと自分が作りたい映像作品を作る。失敗や徒労をおそれることなく、どうどうと思うがままに。余計なことは作り続けながら悩めばいい。「先攻逃切」という上映会は、そんな意志のもとに立ち上がり、今年で5年目をむかえた。もう5年も経つのか、たったの5年なのか・・・。年月の受け止め方はみなそれぞれであったとしても、映像表現を継続して行こうとする意志と、生きて行こうとする意志が重なりはじめてきている事だけは確かなのである。(先行逃切)

無名の人々による小さな映画の上映会によせて
みんな同じじゃつまらない。僕はいつも思うのだ。いろんな人間がいていいし、いろんな映画があっていい。そうじゃないか? つまり、多様性、ということ。世界はもっと多様であってほしいし、また多様であるべきだ。閉塞した状況、閉塞した世界。息がつまりそうだ。突破口はどこにあるのか? 僕はもっと、いろんな世界が見たいのだ、もっと!
で、この度の上映会である。有名な人々ではなく、無名の人々による、大きな映画ではなく小さな映画の上映会。そんなの何の意味もないじゃないかと笑うことは簡単だ。つまらないから、下らないから、もっと他に面白いものがあるから、と見もしないで決めつけてしまうことは簡単だ。が、果たして本当にそうか? 君たち、実は怖いんじゃないの?
これは挑発である。そしてこの小文の目的は上映会の宣伝である。でもさ、どうせ何を言っても来ない人は来ないんだろうね。がっかりだよ。
でもさ、もしちょっとでも興味があるなら見に来たまえよ。上映会をやるってことは誰かに見てほしいって思ってるわけさ。まさかつまらない映画ばかりだけど見に来て下さいとは口が裂けても言わないだろうし、つまりみんな自信作ってことだ。(鳥浜浩)

作品コメント
東京湾岸●3年前のある日、いつものように首都高速を都心環状線の浜崎橋から11号線に入り、飛行機が離陸するような感覚でバイクのアクセルを一気に開けてレインボーブリッジの頂点へと登って行った。生身の体で風圧をもろに受けとめながら見渡す東京湾岸は、いつ見ても遥かに遠く果てしなく感じる。そしてふと私は、眼下に拡がる海岸線が、極東の地の果てであり、同時に大洋の西の果てでもあるという事に気が付いたのであった。これだけのきっかけがあればもう、フィルムを回すには十二分というものだ。(岩本勝)
呼吸●だれもが無分別に存在している。(宮下ちとせ)
ソロウ●毎日、ビデオカメラを持ち歩く/
そしてRECボタンを押す/
撮影するという意志のない私の手の中で/
ビデオカメラは記録する/
辛い現実から目を背けるように/
映画から遠く離れて/
(鳥浜浩)
手をつなぐ●暗い部屋の中で隣の人と肩をすり合わせながらスクリーンに投射された映像に目を凝らすという行為の再確認。それは目からというよりも、身体・肌・筋肉の揺らぎによって得られるのではないだろうか?(山口俊昭)
LUCY●あらゆる色は光線に混ざり変化し、連続していく。むかし、「君は色弱ですか?」と言ったあの子はどうしているだろう?
僕は毎日色を捏ねてます。(小島正浩)
そばにはいるけれど●ヴィト・アコンチは目隠しをしてボールを投げつけられ、ロバート・スミッソンは目隠しをした奥さんにカメラを持たせて沼地を歩かせた。偉大なる先人たち。汗がふき出る。のどが渇いた。山本くん、ジュース買ってきて。(山口俊昭)
骨に●昨年6月に他界した祖母の生前の映像に、祖母が遺した日記や文章の朗読を重ねてみた。
近くにいながら、遠い存在だったのかもしれない。しかし今、遠くにありながら、祖母に対しての思いが一番深い。思いはフィルムに写るのだろうか? フィルムから思いは伝わるのだろうか? (井上朗子)

東京湾岸
呼吸
受付
一般900円 会員600円

上映作品
東京湾岸 岩本勝/8ミリ/30分/2005
呼吸 宮下ちとせ/ビデオ/10分/2005
ソロウ 鳥浜浩/ビデオ/10分/2005
手をつなぐ 山口俊昭/ビデオ/7分/2005
LUCY 小島正浩/ビデオ/9分/2005
そばにはいるけれど 山口俊昭/ビデオ/24分/2005
骨に 井上朗子/8ミリ/8分/2005

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