国内外の映像アート作品の上映、レクチャーを定期開催。古典的名作 から、最新の実験映画まで

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光学記憶術 日本実験映画80〜90年代の冒険
10/25(土)10/26(日)11/1(土)2(日)

    タイムテーブル

    日付 2:00 4:00 7:30
    10/25 - - B
    10/26 A C -
    11/1 - - C
    11/2 B A -



      受付

    • 当日700円 3回券1,500円

  • 海の唄

    海の唄
  • 毛髪歌劇

    毛髪歌劇
  • 私小説

    私小説

※講演:
西村智弘(美術評論家) <10月25日 Bプロ上映前>

アーティストトーク:
帯谷有理<10/25 Bプロ上映後>
かわなかのぶひろ<10/26 Cプロ上映後>
黒坂圭太<11/2 Aプロ上映後>

1980年代後半から90年代にかけての代表的な実験映画から、3作家を特集する。この時期は1989年をピークにヨーロッパで、アジアで、そして日本国内でも社会が大きく変化した、オーバーに言えば21世紀の実質的なはじまりの時期ともいえるだろう。 国内のアートシーンも少しずつ変化してきた。個性的な映画祭が産声をあげたのも、コンテンポラリー・アートのギャラリーが開き始めたのもこの時期である。そんな再構成的な空気のまっただ中に制作された4つの映像作品も、時代の空気をいくばくか感じ取っていたのかもしれない。
1987年、「実験映画祭」を発展継承して「イメージフォーラム・フェスティバル」がスタートした。第一回のコンペティション"一般公募部門"に入賞した黒坂圭太の『変形作品5番<レンブラントの主題による変形解体と再構成>』はタイトルが示す通りの闇から光速への工学的リミックス・ショーであり、つづく『海の唄』でも黒白の強烈なコントラストと日本海の叙情が同居した"詫び"サイケデリックな世界が展開する。帯谷有理は構造と主題を、また、コンテンポラリー・アートのスマートさと予備校生的鬱屈とを、実験とエンタテインメントとを横断する攻撃的な8ミリ映画『毛髪歌劇』を発表、93年のフェスティバルでフィルム・オリジナリティ賞に入賞している。
日記映画の大作『リトアニアへの旅の追憶』(1972)の作者ジョナス・メカスが昨年web上で試みた映像日記「365FILMS」は、カレンダーに配置されたアイコンがそれぞれ動画化するもので、記憶がインデックス化、アーカイブ化されていて興味深い。 http://www.jonasmekas.com その20年前、かわなかのぶひろは日記的に記録された映像を、心象/印象/記憶のイメージに近づけるべく、再編集や微妙なスピード加工した(それもシステマチックではなく、手工業的なやりかたで)『私小説』という連作をスタートさせ、1996年 、長編サイレント映画に結実させた。
既存のイメージや価値や過去の視線をいったん分解、加工して個人的な視線として出力する、外化された記憶のスクリーン。3作家ともにプロセスのいずれかに8ミリフィルムが媒介しているのも偶然だが興味深い。(澤隆志)



Aプロプラム

変形作品5番<レンブラントの主題による変形解体と再構成> 黒坂圭太/8ミリ/29分/1986
海の唄 黒坂圭太/16ミリ/32分/1988

Bプロプラム

毛髪歌劇 帯谷有理/8ミリ(ビデオ版)/60分/1992

Cプロプラム

私小説 かわなかのぶひろ/16ミリ/102分/1996


作品コメント


変形作品5番<レンブラントの主題による変形解体と再構成>
一枚のレンブラントの絵を素材に、自由自在な分解、再生を加えた視覚的作品。映画の原点である明と暗の世界、それはレンブラントの重要なモティーフでもある。それ自体に発言する力のない絵画を素材に、いかに映像に料理するかという事が大きな関心事でした。この絵はバロック的な対角線構図をとっており、それがこの作品の基本となる運動性を作り出すのに非常に適していたといえるでしょう。(黒坂圭太)

海の唄
中学生のころ、実術クラブの合宿で写生旅行に行ったのが私と能登半島の最初の出会いでした。目の覚めるような海の青さにも関わらず、なぜか、全体としては銅版画の様なイメージになってしまう。そういったこの土地独特の色彩感覚に魅せられ、それ以後も私はたびたびここを訪れるようになったのです。穴水から能登線で蛸島に向かう内浦に面した甲、宇出津などの漁港が、この作品の主な舞台となっています。(黒坂圭太)

毛髪歌劇
これが、インディーズ・フィルムだ!! これは、強烈な女を強烈に追いかける愛の物語。裏ポルノじゃないよ。歌の抑揚が物語を動かして、ドラマティックに展開するロマン主義の映画。手持ちカメラは手の延長、眼の延長、耳の延長だ。映画そのものに疑いをかけ、映画を破壊するアナーキストの映画なのだ! フィルムに直接毛髪などを貼り付けているが、これはお客様への一種のサービスであって、他意はありません。(帯谷有理)

私小説
 画家は毎日デッサンをする。映像作家は、というと、フィルムコストからいっても毎日まわす訳にはいかないだろう。なかんずく毎日「作品」を創るとなるととうていかなわない。そこで、「作品」という縛りを離れて、画家のデッサンのように、見たもの、感じたことを毎日カメラに収めるという、アプローチで撮ることに決めた。いわば少年時代に手がけた絵日記のスタイルである。  その日から10年あまり、ほぼ毎日撮りつづけた8ミリフィルムが『私小説』のベースとなっている。  むろん当初は「作品」にするつもりはなかった。日記を公開することには抵抗を感じるし、また、純粋にトレーニングのつもりで撮っていたので、あるときはロングショットばかりだったり、あるときはクローズアップばかりだったりして、とうてい公開できるシロモノではなかった。
 ところがあるとき、映像作家の昼間行雄氏を通じて、今は使われていないTCー200という旧式のテレシネ器の存在を知り、そのプリズムを通して8ミリを16ミリにブローアップする方法ならば、日々のなまなましさが記憶に転化できるのではないかと考えるようになった。  もっとも当初は、見栄も手伝ってか見映えのするシーンばかりをブローアップしたため、フィルムの流れが停滞してしまった。何度も何度もリテークを重ね、大量のNGをだしながら、なんとか最初の「作品」8分に辿り着いた。1987年のことである。幸いこの作品は、来日中だったジョナス・メカスの友人の映像作家アブラハム・ラベットがプリントを買い上げてくれるところとなった。
 それに自信を得て、88年12分、89年21分、90年20分、91年25分、92年14分と、年一作のペースで6作品を制作し、やがて96年にオリジナル素材を再度洗い直して、102分の『私小説』サイレント・バージョンに辿り着いた。寅さん映画の長さがサイレントであることに戸惑われるかも知れないが、あえてサイレントで突っ張ってみた。画面から音を感じていただければ幸甚である。(かわなかのぶひろ)



























































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