物件映画
風光明媚なロケーションに建つ大邸宅に非現実を投影する映画もあれば、身近でも味のある物件をみてニヤリとする映画もある。普段CMの世界で活躍する鈴木秀幸の自主制作の映画『8つの短編』では、"東京の映画"で連想されるようなロケーションはほとんど出てこない。むしろ積極的に排除しているように感じる。どちらかというとマイナーな地域で、少し年代のたった、でも住みやすそうな物件、注意深く選定された8つの物件の8つのストーリー。カメラは1台。ほとんどが固定ショットで登場人物は2人。その関係も幸/不幸のコントラストの低く微妙なものである。各話に必ず食事のシーンがある。地域、間取り、採光、インテリア、食事...。それらが主役級に語りかけるドラマ。俳優たち(プロもいれば全くの素人の方もいて、物件は彼らの現実のものである場合もあると聞く)はその絶妙のグッドバランスの空間でリラックスして幸/不幸を演じる。観客も自然と、フレームの外にある現在の物件、画策中の物件、想像上の物件に想いをはせる。
(澤隆志)
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各話に登場する二人の日常生活を、東京で暮らす人々の、ひとつの心象風景として描いてみたいと思いました。
そこには、「無意識に感じてしまう抑圧」、「他者との希薄な人間関係」、あるいは「他者との親密な関係への期待」といった感情が、矛盾しながら、曖昧な空気のように漂っているように思います。 現代の東京という場所がどんな場所であるのか。私たちの生活の底には何が流れているのか。小さな部屋の中で、見つめてみたいと思いました。
また、住宅、部屋という空間は、ドアや窓を境界として、個的に閉ざされた空間でもあり、また、外へと開かれる空間でもあります。外部に開かれた構造をもつかつての日本家屋と、現代の密閉されたコンクリートのマンションとの間には、大きな隔たりがあるように思います。 そこで暮らす人々の精神と、住宅、部屋というものの構造が、どのように影響をしあっているのかについても考えてみたいと思いました。
作者のことば
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8つの短編
製作、脚本、監督、撮影、編集:鈴木秀幸/ビデオ/89分/2009
1「ビール」
アパートの1階。1K。庭付き。
いとこ同士。正社員とフリーター。(川屋せっちん、宇野祥平)
2「靴下」
マンションの3階。ワンルーム。
同じマンションの隣人同士。(黒川龍市、伊藤聖子)
3「たわし」
アパートの2階。1K。
テレビCM製作会社の先輩と後輩。(宮原良之、内山陽介)
4「みかん」
マンションの3階。ワンルーム。
小劇場の劇団員と元劇団員。(吉田佳代、立花幸博)
5「東京タワー」
マンスリーマンションの7階。ワンルーム。家具付き。
別居中の夫婦。(中舘基樹、日高恵)
6「少林拳」
二棟続きの木造テラスハウス。2DK。
建設作業員の叔父と会社員の甥。(坪内守、飯田まさと)
7「猫」
一戸建て住宅。4DK。
猫と暮らす若い夫婦。(占部房子、森耕平)
8「さくら」
マンションの2階。1DK。
不倫関係の中年男と若い女。(杉山美幸、小暮隆生)
8つの短編
- 1961年、宮城県生まれ。CM演出家。1995年〜1996年、故・市川準監督作品『東京兄妹』、『トキワ荘の青春』の共同脚本を担当。 2007年からキャスト2名、スタッフ1名の自主制作映画に取り組み、『8つの短編』はその一作目。撮影に関わる人数が極端に少ないことが、作られた映画にどのような影響を与えるのかを試みる。以降、制作の方法論を変えながら自主制作映画を模索中。