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日記映画 -ジョナス・メカスとナサニエル・ドースキィ
2009/9/19, 20, 21

アメリカ・アンダーグラウンド映画最重要人物の1人であるジョナス・メカス。「日記映画」というスタイルを確立し、日本の映像作家にも多大な影響を与えた代表作2作に加え、日本でも根強いファンの多い、美しいサイレントの日記映画「ジェロームの時間」(ナサニエル・ドースキィ)の上映。

  • リトアニアへの旅の追憶

    リトアニアへの旅の追憶
  • ロスト・ロスト・ロスト

    ロスト・ロスト・ロスト
  • ジェロームの時間

    ジェロームの時間

    受付

  • 当日700円/会員500円

タイムテーブル

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日付 3:00 5:00 7:00
9/19 - リトアニア
9/20 ロスト - ジェローム
9/21 リトアニア ジェローム -

    リトアニアへの旅の追憶

    1949年、故郷からナチスに追われアメリカに亡命したジョナス・メカス。言葉も通じないブルックリンで一台の16ミリカメラを手にしたメカスは日々の生活を日記のように撮り始める。27年ぶりに訪れた故郷リトアニアでの母、友人たちとの再開。メカスはそれらの全てをみずみずしい映像と言葉で一つの作品にまとめ上げた。
    「この映画は3つの部分から構成されている。まず第一の部分は、私がアメリカにやって来てからの数年、1950〜53年の間に、私の最初のボレックスによって撮られたフィルム群から成っている。そこでは、私の弟アドルファスや、そのころ私達がどんな様子であったかを見ることができる。ブルックリンの様々な移民の混ざりあいや、ピクニック、ダンス、歌、ウィリアムズバーグのストリートなどを。 第二の部分は、1971年に、リトアニアで撮られた。ほとんどのフィルム群は、私が生まれた町であるセメニスキアイを映しだしている。そこでは、古い家や、1887年生まれの私の母や、私たちの訪問を祝う私の兄弟たちや、なじみの場所、畑仕事や、他のさして重要ではないこまごまとしたことや、思い出などを、見ることになる。ここでは、リトアニアの現状などというものは見ることはできない。つまり、35年の空白の後、自分の国に戻って来た「亡命した人間」の思い出が見られるだけなのである。 第三の部分はハンブルグの郊外、エルンストホルンへの訪問から始まる。私たちは、戦争の間1年間、そこの強制労働収容所で過ごしたのだった。その挿入部分の後、われわれは私たちの最良の友人たちの一部、ぺーター・クーベルカ、ヘルマン・ニッチ、アネット・マイケルソン、ケン・ジェイコブズと共に、ウィーンにいる。そこでは、クレミスミュンスターの修道院やスタンドルフのニッチの城や、ヴィトゲンシュタインの家などをも見ることができる。そしてこのフィルムは、1971年8月のウィーンの果物市場の火事で終わることになる。」ジョナス・メカス

    ロスト・ロスト・ロスト

    「私がこの全6リールのフィルムを通じて描写しようとした時期は、絶望の時期、思い出を作り出すために、この新しい地に根を張ろうとする、絶望的な試みの時期だった。この苦痛に満ちた6リールのフィルムを通して、私は一人の亡命者の感情、この時期の私達の感情を描写しようと試みたのだった。この映画は、「ロスト・ロスト・ロスト」という名前をもっている。これは私と弟が、1949年に作ろうとしていた、もし完成していれば、そのころの私達の心のありようを暗示することになっただろう、1本の映画に付けようとしていたタイトルだった。この映画は、自らの生まれた国を忘れることができず、しかしながら、まだ新しい国を「獲得して」いない「亡命者」の心の状態を、描写したものなのだ。「リール6」は移り変わりの時期である。私たちは息をつき、いくらかの幸福な瞬間というものを見つけ始めているかのようだ。新しい生活が始まったのだ」ジョナス・メカス

    ジョナス・メカス○1922年リトアニア生まれ。ソ連次いでナチス・ドイツがリトアニアを占領。強制収容所に送られるが、45年収容所を脱走、難民キャンプを転々とし、49年アメリカに亡命。16ミリカメラで自分の周りの日常を日記のように撮り始める。65年『営倉』がヴェネツィア映画祭で最優秀賞受賞。「フィルム・カルチャー」誌刊行、フィルム・メーカーズ・コープ設立。89年NYにアンソロジー・フィルム・アーカイヴズを設立。

    ジェロームの時間

    この作品は、スタイルとしては一種の日記映画であるが、単に被写体を再現的に映し出すたぐいの日記ではない。つまり日記を身辺雑記風に描くのではなく、日々のうつろいをフィルムにおける創造とかかわらせているのである。作者はあらゆる被写体をカメラで撮るばかりではなく、カメラで創ろうとしているのだ。ド −スキィの作品には、幸運と一体になった輝きが随所に見受けられる。最初はそうした瞬間を、ただ美しいと受容することに夢中で過ぎてしまうけれど、やがてそれが単にラッキーであるだけではないということに気づかされる。山野を1コマ撮りで捉えたり、氷原をクローズアップで捉えたり、街をバルブ撮影で捉えたり、カメラ側の創造も、実に丹念に加えられているのである。”映画は撮らされたものであると同時に、創造されたものでなければならない”という思いをつくづく実感させられる作品だった。(かわなかのぶひろ)

    ナサニエル・ドースキィ○1943年ニューヨーク生まれ。63年より商業映画の世界で働く傍ら、インディペンデントな創作活動を続ける。71年以来西海岸へ移り、撮影監督、編集、演出と幅広く活動している。近作に、ラヴ・リフレイン(2001)


    <上映作品>

    リトアニアへの旅の追憶ジョナス・メカス/16ミリ/87分/1972
    ロスト・ロスト・ロストジョナス・メカス/16ミリ/176分/1975
    ジェロームの時間ナサニエル・ドースキィ/16ミリ/50分/1982