講師陣

大山 慶 映像作家

ooyama

今のあなたにしか作ることの出来ない作品

今から15年前、私もこの研究所の生徒の一人でした。実験映画の事など何も知らなかった私は、この研究所の授業で映像表現の可能性に魅せられ、現在まで制作を続ける事となりました。緊張のあまり震えと吐き気が止まらなかった講評の事は今でも忘れられずにいます。様々なバックボーンを持つクラスメートや講師の前で、どう評価されるのかまったくわからない出来たての作品を発表し意見を聞くという行為は、刺激的で面白く、同時にとても怖いものだったのです。そして今度は講師としてこの教室に帰ってくることが出来ました。新しい才能によって、今までに見たことのないような映画が作られていく、その瞬間に立ち会える事が今からとても楽しみです。
授業では普段の生活であまり目にすることが出来ない映像作品を鑑賞し、様々な映像作家による講義を受けることが出来ます。制作に関する技術的な知識を得ることも出来ますし、一生心に残るような、あなたにとって、とても大切な言葉に出会える事があるかもしれません。しかし、あまり受動的にはなって欲しくありません。研究生の皆さんにはこの一年間、教室の中でも外でもとにかく「映像」について考え続けて欲しいと思っています。映画館や上映イベントに足を運ぶ事はもちろん、TVやインターネット、赤外線カメラやサーモグラフィまで、あらゆる「映像」を意識し続けて下さい。そうやって発見したことや、ずっと以前から心にしまってあったものを言葉や作品にして持ち帰る、その場所が教室だと考えて欲しいのです。そのような姿勢で臨めば、研究所での1年間はとても充実したものになり、映像作家として最高のスタートを切る事が出来るでしょう。
我々講師を驚かせるような発想と、クラスメート達を呆れさせるような行動力によって作られた、今のあなたにしか作ることの出来ない映像作品の完成に期待します。

クローズアップ写真のコラージュという、これまで誰も目にしたことのない技法を発明。独特の質感を持つアニメーションはすぐに世界的な注目を集め、大学の卒業制作として制作された『診察室』(05)はカンヌ国際映画祭監督週間に選出された。翌年、アニメーション100周年を記念し製作されたオムニバス映画『TOKYOLOOP』(06)に参加。最新作の『HANDSOAP』(08)はオランダアニメーション映画祭グランプリ、アナーバー映画祭最優秀アニメーション作品賞、オーバーハウゼン国際短編映画祭映画祭賞など、世界各国の映画祭にて9つの賞を受賞した。同年代の作家、評論家と共にインディペンデントレーベルCALFを設立し、短編映画普及のための活動を行っている。

五島一浩 映像作家

gojima

自らの想像力の先

ある作品制作の初期。まだその完成像は漠然としたものでしかありません。例えば闇の中を手探りで進んで行くようなもの、地中の鉱脈を探し続けるようなものです。こちらの方角に何か素敵なものがあるのではないか? 経験や熟考がヒントを与えてくれます。しかし、正解は一つではありません。ある時は、小さな鉱石から鉱脈の予兆を感じたり、ある時は真っ暗な中で黙々と鎚を振り続ける。未知の分かれ道や、謎の鉱物を発見したりすることもあるでしょう。紆余曲折を経て新しい土地にたどり着くと、そこは考えてもいなかった場所かも知れませんし、すでに先人によって開拓されていることがわかって落胆することになるかも知れません。
何かを探し求めることは、常に予期しないものの発見につながります。発見は自分の興味や認識を更新し、完成像は常に変化し続けます。この、変化しつつある自分と、その視点によって切り取られる「変化の過程」は、強く探求することでしか得られない何かを作品に焼き付け、人の感動を呼び起こします。
映像を作ることは、それ自体がものの見方を探ることであり、自分の視覚・感覚を他者に開陳することです。自ら作り、また人の表現を味わうことで、より豊かさを増した視点で世界を感じ、自らの内に投影された変わり続ける世界像をまた世界へと投げかける。世界と共にダイナミックに変化していく作者と作品。そしてそれを見て変化する観客の世界観。これがコマとコマの間に「時間」を直接表現できる映像というメディアの本質のように思います。
あなたがこれから作る、まだ誰も観たことがない作品に驚かされること、それがこの世界を変えてしまうことを楽しみにしています。

学生時代より8mm映画を制作。TVゲーム『L.S.D.』などの制作に参加した後、各種映像制作、マルチメディア制作などに携わる。モノクロ・ハイコントラストの3DCG作品『FADE into WHITE』(96)が各国の映画祭で高い評価を受けた。『FADE into WHITE #2』(00)がイメージフォーラムフェスティバル2001大賞を受賞する。アナログとデジタルの境界、感覚の粒子化をテーマにした制作を続け、『東京浮絵百景』(10)では立体映像に挑戦。東京都写真美術館における『3Dヴィジョンズ』展(10~11)では、3Dインスタレーション作品『時間双眼鏡』などを発表している。『これは映画ではないらしい』(14)で平成26年度第18回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞を受賞。

手塚 眞 ヴィジュアリスト

tezuka

「作品」であることの意味

映像作品を創るというのは過酷な道です。小説や絵画と違って技術装置がいるし、お金もかかる。ひとりの手におえないかもしれないので仲間も必要です。さらに、精神的にも大きなストレスとプレッシャーに苛まれる。対人だけではなく、自然や運といった掴み所のないものも相手にしなければなりません。どんなに熟練したベテランでも、想うようにはいかないものです。そんな努力を惜しまず映像作品を創ろうというのですから、それなりの覚悟をしなければなりません。そもそも作品とはなにか。それは単なる自己表現でも自己満足ではない。客観的で普遍的なものです。商業映画では厳密なスタイルやテクニックが要求されますが、個人作品はより自由度が高く、より表現としての純粋性が発揮されなければなりません。ここで勉強してプロになって仕事を得たいという人にはお勧めできません。ここはプロを育てる専門学校ではありません。講師はみな一流の作家です。しかし、手取り足取り教えてもらえるところでもありません。自ら創ろうという意識がない限り、なにも起こりません。つまり創ることをどれだけ楽しめるか、のめり込めるかということです。寝る時間を惜しまず、食事も忘れ遊びもせず作品作りに専念できる、そんな意志を培ってほしいと想います。それが実現できるなら、少なからず達成感が得られるでしょう。厳しいことをいうようですが、ネット動画や街に映像があふれ、誰もが映像を扱えるようになった今、「作品」であることの意味をともに考えていきたいと思います。

高校から8mmフィルムによる映画作りを始め、数々のコンテストで受賞。以後“ヴィジュアリスト”という唯一無二の肩書きで、長編劇映画、ショート・フィルム、実験映像、テレビ番組、アニメーション、MTV、CGなど映像全般を幅広く手掛けてきた。99年には10年を費やした劇場映画『白痴』を発表し、ヴェネチア国際映画祭をはじめ数々の映画祭に迎え入れられ国際的な評価を得た。その他の劇場映画作品に、東京国際映画祭出品作『ブラックキス』など。イメージフォーラム・フェスティバルには招待作家として85年以来、実験的な短編を出品し続けている。代表作に『MODEL』(87)『実験映画』(99)『MIRAGES』(10)などがある。新作長編『星くず兄弟の新たな伝説』が2017年公開予定。

西嶋憲生 映像研究者 多摩美術大学教授

nishijima

イメージとの格闘

今日、映像作品はひとりだけで自宅で作れてしまうが、表現をする者にとって最も重要なのは、他人の目で自分の作品を見れることだろう。それによって自分だけがわかっている作品から他者にコンセプトや感情が伝わる作品へとステップアップするからだ。この研究所における課題ごとの「講評」のポイントは、作品の出来不出来の論評ではなく、自作に対して他者の、外部の目を持つための訓練、「つくる」ために「見る」力をつける訓練にあるともいえる。それは、作家となるために不可欠であると同時に、ひとりで身につけるのが困難なものでもあるからである。
 撮影においても、作品がパーソナルなものであればあるほど「見ること」や「まなざし」が重要になってくる。写真と同様、映像も画面上に被写体とその撮影者の視線が二重に映し込まれ、対象を撮影者=作者がどう見たかという「視線=まなざし」が記録されてしまうからである。ジョナス・メカスや鈴木志郎康の日記映画のように、見るまなざしだけでも作品が成立するのはそのためだ。
また映画ではふつうショットを一つの単位と考えて組み立てていくが、実験映画ではショットよりコマ(1フレーム)を単位として考えることが珍しくない。奥山順市の『LE CINEMA』では、1秒分のフィルム、つまりたった24コマだけを素材に、その順序を変えたりバラバラにしたり逆転したりしながら展開する。映画は1秒24コマの静止画の連続という原理から発想された作品だが、限られた素材をコマ単位で編集しながら、いかに多くの体験を生み出せるかに作者は挑戦した。
ドキュメンタリーであれアニメーションであれアート的アプローチであれ、スクリーンに投影される映像を通して自己表現しようする者たち、映画はこうあるべきという常識をはみ出していこうとする表現者たちが、各自格闘するために集まる場所、それがイメージフォーラム映像研究所であり「寺山修司」という名の教室なのだ。

大学時代にジョナス・メカスの『リトアニアへの旅の追憶』と出会い、劇映画のみならず実験映画に強い興味を抱く。大学在学中の1970年代半ばに約1年パリで生活しあらゆるジャンルの映画を見て回り、その後美術出版社芸術評論賞入選を機に批評・翻訳などの執筆活動を開始。同時に編集・上映企画などにも携わり84-85年「月刊イメージフォーラム」編集長。劇映画評も手がけるが、とりわけアヴァンギャルド映像の研究が専門。著書に「生まれつつある映像 実験映画の作家たち」「映像表現の創造特性と可能性」(共著)「映像表現のオルタナティヴ」(編著)「美術×映像」(共著)、訳書に「フィルム・ワークショップ」「アンディ・ウォーホル・フィルム」(ダゲレオ出版)など。

萩原朔美 映像作家 演出家 多摩美術大学教授

hagiwara

何故作るのか

如何に作るのか。これがほとんどの映像教育のテーマだろう。
しかし、本当は如何に作るかなど、どこかで学ぶよりも、勝手に個人が取得すればいいことではないだろうか。作りたかったら技術は自分で盗み取る。誰かに教えてもらう前に自分から動いて自分のものにしてしまう。
一番重要なことは、如何に作るかではない。
何故作るのか、だ。
その答えを考えるのが教場での仕事ではないだろうか。
イメージフォーラム映像研究所のテーマもそこにあるような気がする。
デジタルの登場は、手仕事の継承するテクニックの世界を消滅させた。映像表現の世界は、いまや誰でも作家になれる状態になった。作家を生み出す確率の最も高いのはパソコンの仕様説明書だ。
そしてもうひとつ、映像だけにしか表現できないこと。小説でも詩でもなく、写真でも絵画でもない。映像だけにしかありえないものはなんなのだろうか。その答えを探すことも、イメージフォーラム映像研究所の仕事である。
映像だけが持っている豊な深い広がりのある世界。作品を作り、発表し、批評を受けることで、そのことを発見するのだ。教える立場と教えられる立場が時々刻々と目まぐるしく入れ替わる。私はそのスリリングな交換が授業と呼ばれるものだと思っている。

かつて寺山修司が主催した劇団「天井桟敷」の演出部に籍を置きその手腕を発揮するかたわら、20年代前半ですでに著書「赤い自転車」を発表、早くから創作のジャンルに頭角を現わした。70年代以降は、ビデオ、映画をはじめ版画、写真、さらには月刊「ビックリハウス」の編集長をつとめるなど、分野を越えた様々なメディア探求は、高く評価されている。事物の推移をリアルタイムで写し撮る手法は、ビデオの最も根源的な特性を生かしたもの。実験映画の名作として世界的評価の高い『KIRI』 (72)のワンショット・ムービーは、今日のビデオ時代を予見。『映像書簡』シリーズの近作に見られるように、近年は実験的な「物語」表現に取り組む。近作に『キライズム』(08)『総ては本』(11)『眼の中の水』(12)『春丸・秋丸』(12)など。

村山匡一郎 映像研究者

murayama

想像力と創作意欲と…

イメージフォーラム映像研究所が教えるのは、個人映画である。その歴史は古く、すでに35年を誇っている。その間、多くの映像作家が育ち、実験映画やアニメーションなどの個人映画だけでなく、ドキュメンタリーや劇映画、あるいはテレビなどの分野で活躍している。イメージフォーラム映像研究所がこれほど多くの映像クリエーターを生んだのは、やる気のある個性的な意思を持った人であれば、誰でも学ぶことができるという単純明快なポリシーに貫かれていることによる。
実際、カメラにさえ初めて触る新入生が1年後には経験者をはるかに上回る映像作品を作ることがこれまでにも数多く見られた。イメージフォーラム映像研究所では、もちろんフィルムやビデオの撮影技術も学ぶことができるが、それ以上に、映像作品を作る上で大切な自由な発想と個性を重んじている。たとえば、和田淳子『桃色ベビーオイル』(1995)の映像と言葉の独特な掛け合い、真利子哲也『極東のマンション』(2004)の衝撃的な自分探しの世界、あるいは和田淳『鼻の日』(2005)のシュールなアニメ世界など、人とは違った自分だけのイメージを映像化した映像作品が卒業制作で数多く作られてきた。
映像作品を作ることは、自分が発想したイメージをいかに映像で実現するかということであり、突き詰めればオリジナリティーの問題である。それは自分のイメージばかりでなく、技術に関してもいえる。たとえば、才木浩美『ディシプリン』(1997)では8ミリフィルムで万華鏡に浮かぶ複数の自分を創り上げ、見る者を驚かした。映像技術はたしかに自分のイメージを具体化するための手段ではあるが、そのための技術的な工夫も映像作家の自由な発想に委ねられている。
イメージフォーラム映像研究所は、自由な想像力と旺盛な創作意欲、それに伴う責任感が具わっていれば、誰でも研究生として歓迎するだろう。

人はどのような時に映画を撮る衝動を得るのだろうか? ドキュメンタリー映画、アジア映画、フランス映画と広い守備範囲を生かして旺盛な執筆活動を続けるが、新作、旧作を問わずいつも論点の核になるのは、映画有史以来人がどう映画と関わってきた(いる)かである。常に100年のスケールから計って作品を論じる。主な訳書・共著に、ジョルジュ・サドゥール著「世界映画全史」(国書刊行会・全12巻)「日本映画とモダニズム」(リブロポート)「映画理論集成」(フィルムアート社)「フランス映画1943-現代」(合同出版)「映画は世界を記録する ドキュメンタリー再考」(森話社)「ひきずる映画 ポストカタストロフ時代の想像力」(フィルムアート社)など。

客員講師

奥山順市[映像作家]

1960年代より一貫して、フィルムの物質性や、フィルムを映写することそのもの、あるいはそのプロセスやメカニズムが孕む構造性に着目し、映画の本質を探求する実験映画を制作。その作品には、独特のユーモアの感覚が流れており、独自のスタンスを獲得している。主な作品に『映画 LE CINEMA』(75)、『我が映画旋律』(80)など。

金井勝[映像作家]

日本大学芸術学部映画学科を卒業後、大映東京撮影所を経てフリーとなり、テレビドキュメンタリーの演出などをしながら、「かない勝丸プロダクション」を設立して作品を発表。『無人列島』(69)でニヨン国際ドキュメンタリー映画祭グランプリを受賞した他、『夢走る』(87)でメルボルン映画祭最優秀短篇劇映画賞、『スーパードキュメンタリー 前衛仙術』(03)でオーバーハウゼン国際短篇映画祭国際批評家連盟賞を受賞している。

かわなかのぶひろ[映像作家]

60年代より実験映画の制作・批評・オルガナイザーとして活躍。71年、個人を基板とする映画の上映・配給組織アンダーグラウンド・センターを、77年にはイメージフォーラムを設立。70年代から東京造形大学などで教鞭をとり、後進の育成に務めた。主な作品に『スイッチバック』(76)、『私小説1〜5・完結篇』(87〜92)、萩原朔美との『映像書簡』(79〜10)シリーズなど。

鈴木志郎康[映像作家、詩人]

NHKにカメラマンとして勤務しながら詩人として活躍。68年にH氏賞、08年には萩原朔太郎賞を受賞。一方で映像作品も60年代から手がけ、一貫して日記的身辺雑記的空間としての映像作品を手がけている。主な作品に『日没の印象』(75)、『草の影を刈る』(77)、『15日間』(80)、『衰退いろいろ2002』(03)、『極私的にコアの花たち』(08)など。

中島崇[映像作家]

高校生の頃から映像制作を手掛けるとともに上映活動にも携わる。イメージフォーラム設立時のメンバーの一人。89年〜92年、月刊「イメージフォーラム」編集長、87年〜2000年にイメージフォーラム・フェスティバルのディレクターを務める。主な作品に『南岸沿』(71)、『セスナ』(74)、『埋もれた話』(03)、『訪問者』(10)などがある。

特別講師

石坂健治[東京国際映画祭「アジアの風」プログラム・ディレクター]

1989年より2007年6月まで国際交流基金専門員としてアジア映画関係の映画祭・上映会を通算約70件プロデュース。主な事業に「インド映画の奇跡 グル・ダッドの全貌」「香港映画の黄金時代」など。2007年より東京国際映画祭プログラム・ディレクター。

石田尚志[画家、映像作家]

第19期卒業。映像作家、美術家、多摩美術大学准教授。『部屋/形態』(イメージフォーラム・フェスティバル特選)、『フーガの技法』(愛知芸術文化センターオリジナル映像作品)などの映画作品の他、インスタレーションやライブパフォーマンスなど領域を横断しながら制作を続ける。第18回五島記念文化賞美術新人賞受賞。

伊藤高志[映像作家]

デビュー作『SPACY』(80-81)が国内外で高く評価され、以降の作家に強い影響を与えた。1995年にフランス・クレルモンフェラン短編映画祭にて“短編映画の1世紀”の 100本の中の1本に選出される。京都造形芸術大学教授。

宇田敦子[映像作家、Webデザイン]

第17期卒業。『福田さん』がIFF(イメージフォーラム・フェスティバル)1999大賞。現在、映像制作ユニット「動画まわり」にてwebコンテンツ等を制作。「TOKYO LOOP」参加作家の一人。

小瀬村真美[美術家]

第24期卒業。美術家。写真の加工や絵画の構図などを巧みに利用した映像作品やインスタレーションを手がける。「MOTアニュアル2004 -私はどこからきたのか/そしてどこへいくのか-」(東京都現代美術館)、「Projected Realities : video art from east asia」(Asia Society and Museum N.Y、2006)、「日本×画展 -しょく発する6人-」(横浜美術館、2006) 、「Mind as Passion」(台北市立美術館 2009) 等国内外の美術展へ参加や映画祭に参加多数

帯谷有理[映像作家、作曲家]

映像作家、作曲家。80年代より作曲、コンセプチュアル・アート作品を発表。8mm映画『毛髪歌劇』が注目され、以降国内外の数多くの映画祭で作品を発表。近作では、「音響を撮影すること」と「映画を作曲すること」の統一を模索している。

草原真知子[メディアアート研究者、キュレーター]

メディアアート研究者、キュレーター。1980年代前半よりメディアアートおよびメディア論の研究活動を展開し、世界の最先端のCG、インタラクティブ・アート等を紹介。SIGGRAPH、アルスエレクトロニカなどの委員を務める。早稲田大学文学部教授。

佐藤義尚[映像作家]

筑波大学芸術専門学群で視覚伝達デザインと映像を専攻。芸術修士課程修了後、短編映像の個人制作を始める。『PAPERS』(91)、『SLIDE』(99)、『The Books』(00)、『desktop』(08)などの写真アニメーションで、国内外の映像コンペティションで多数入賞している。

七里圭[映画監督]

早稲田大学シネマ研究会在籍時から映画の現場に参画、廣木隆一、鎮西尚一、西山洋一らの助監督を経験、2004年『のんきな姉さん』で監督デビュー。2005年度愛知芸術文化センター・オリジナル映像作品『ホッテントットエプロン-スケッチ』を制作するなど、活動領域は劇場映画に留まらない。

竹林紀雄[テレビ演出家]

日本経済新聞社グループの映像部門で24年間に渡り、ディレクター、プロデューサーを務める。株式会社日経映像の主席プロデューサーを経て、現在、文教大学情報学部准教授。主な作品に「ドキュメンタリー人間劇場『母ちゃんになりたい』」など。著書に「映画は世界を記録する―ドキュメンタリー再考」(共著)がある。

高間賢治[撮影監督]

撮影監督。東京都立大学を卒業後、若松プロに撮影助手として加わる。文化庁芸術家在外研修制度により米留学。撮影と照明をトータルに演出する「撮影監督」を日本で初めて実践。キャメラマン代表作に『ナビィの恋』(99)『デスノート the last name』(06)など。

田名網敬一[映像作家]

グラフィック・デザイナー、映像作家。60年代よりポスター、絵画、彫像などで前衛的な創作活動を行い、世界的に高い評価を得ている。実験映画、アニメーションでは印刷技術を応用したサイケデリックな表現が注目された。

中西義久[映像作家]

コマ撮り、アニメーション、合成を使った短編作品を多数制作。企業ビデオ、音楽プロモなどの映像制作や、webやFLASHなどの企画デザインも手がける。主な作品に『roundscape』、『有機都市』、NHKプチプチアニメ『白い本』など。

西村智弘[美術評論家]

第13期卒業。在籍中から映像作品の制作をはじめる。1993年、美術出版社主催「芸術評論一般公募」入選。以後、美術評論家、映像評論家として活動する。著書に『日本芸術写真史』(美学出版)、共著に『映像表現の創造特性と可能性』(角川書店)、『映像表現のオルタナティヴ』(森話社)、共編著に『スーパーアヴァンギャルド映像術』(フィルムアート社)など。

古川タク[アニメーション作家、イラストレーター]

多くのイラストレーション、絵本の制作と平行して実験的なアニメーション作品を多数発表。また、アニメーションの元祖「フェナキスティスコープ(Phenakisti-Scope)」をアニメで再現、日本語名「驚き盤」の名付け親。

牧野貴[映像作家]

日本大学芸術学部映画学科卒業後ブラザーズ・クエイに師事。実験的で濃密な抽象性を持ちながらも、物語を感じさせる有機的な映画を制作している。一方で上映組織[+](プラス)を結成、国内外の映画を積極的に日本に紹介している。近作に『Generator』(11)、『2012』(13)など。

真利子哲也[映画監督]

第26期、27期卒業。04年『マリコ三十騎』がゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター部門で2年連続グランプリを受賞。長編処女作『イエローキッド』は、各国の映画祭で高い評価を受け、学生映画として異例の劇場公開、受賞多数。『NINIFUNI』は42分の中編ながらロカルノ国際映画祭に選出、劇場公開された。最新作『ディストラクション・ベイビーズ』はロカルノ国際映画祭で最優秀新進監督賞受賞。

村上賢司[映画監督]

第15・16期卒業。95年『原色バイバイ』がIFFで入賞。99年『夏に生れる』が同映画祭で審査員特別賞、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター部門グランプリを受賞した他、バンクーバー国際映画祭、ロッテルダム国際映画祭などで招待上映された。その他の作品に『怪奇大家族』(04)、『森達也の「ドキュメンタリーは嘘をつく」』(06)、『ラブホテルコレクション・甘い記憶』(09)など。

村田朋泰[映像作家]

『睡蓮の人』で平成13年度文化庁メディア芸術祭優秀賞、『朱の路』(02)で第9回広島国際アニメーションフェスティバル優秀賞受賞。近年では、目黒区美術館、平塚市美術館、GALLERY MoMo Ryogokuなどで個展を開催。その他の作品に『家族デッキ』(09)、『夢がしゃがんでいる』(
08)、『森のレシオ』(09〜)など。

和田淳[アニメーション作家]

第28期卒業。卒業制作『鼻の日』がオーバーハウゼン国際短編映画祭で入選。その他の作品に『声が出てきた人』、『わからないブタ』など。『春のしくみ』が2010年ヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ部門で上映された他、『グレートラビット』で2012年ベルリン国際映画祭で短編部門の銀獅子賞を受賞した。