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2005/2/6,2/13
姓はヴェト、名はナム
この作品はヴェトナム戦争で北ヴェトナムが勝利を収める以前と以後のヴェトナム社会における、そしてアメリカ合衆国における女性についての映画である。どのような社会の文化でも、神話では女性は賛美されているが、現実には虐げられている。とりわけ苦難に見舞われてきた国の女性は、よりいっそう酷い状態におかれてきた。ミンハは、ためらいつつ英語で自分の体験を話す女性を、一つのカメラで延々と写し出す。語られるのは、昔から繰り返されて来た伝統的な隷属状態の物語である。それは次のように、支配されるもののシンプルな環として要約される。
「娘は父に服従する。妻は夫に服従する。未亡人は息子に服従する。」(フランク・ガブレ−ニャ)

ルアッサンブラージュ
民族誌的な映画を制作するにあたって、その前提条件や方法を再考するため、『ルアッサンブラージュ』は、セネガルの村人たちの音楽や姿形、そして彼らを取り巻く環境を激しく理性に訴える力で描き出している。この「ドキュメンタリー」は、特殊な編集と真意をつくナレーションによって、典型的な叙述のスタンスを際立ったものにしている。ミンハはこの初作品でセネガル人同士のまとまりを形作り、とりわけ女性の苦悩を微妙に表現している。「リアリティは繊細である」というナレーションは、その後の彼女の映画とエクリチュール全般の基調低音となった。

核心を撃て
悠久の歴史を持つ「儒教の国」中国と毛沢東の築いた「共産主義国」中国、この二つが同居する謎に満ちた現代中国。それは、九種の獣の姿を借りた龍の様なものだ。箱の中身を当てる中国のなぞなぞ遊びをタイトルにしたこの映画は、極大にして極小、とらえどころの無い両義的な幻想の生き物「中国」というブラックボックスの中身=核心を探る旅だといえよう。天安門事件によって変わったものは何か? 不変なものは? 政治とは、民衆とは、映画製作とは? 「目に見えるものよりも多くの事が存在し、見えるものが真実とは限らない。」境界線上で思考するミンハが、現代中国を異邦人の目でとらえた多声的ドキュメンタリー。

トリン・T・ミンハ●1953年ヴェトナム生まれ。映画製作だけでなく作家、作曲家としても活躍。セネガルのダカール国立音楽院で3年間教鞭をとった後、アメリカに戻る。カリフォルニア大バークレー校映画学、女性学の教授。ポストコロニアリズムの先鋭的な思想家。著書に「小文字で」(87)「女性・ネイティヴ・他者」(95)「月が赤く満ちる時」(96)など。映画近作に『愛のお話』(95)『四次元』(01)

トリン・T・ミンハ作品ビデオ販売のお知らせ
http://www.imageforum.co.jp/trinh/index.html
ルアッサンブラージュ
受付
一般900円/会員600円/2回券1500円

上映作品
プログラムA
姓はヴェト、名はナム 108分/16ミリ/1989
制作、監督、構成、翻訳:トリン・T・ミンハ
アソシエイト・プロデューサー:ジャン=ポール・ブールディエ
撮影:キャスリーン・ピラー

プログラムB
ルアッサンブラージュ
40分/16ミリ/1982
核心を撃て 101分/16ミリ/1991
制作:ジャン=ポール・ブールディエ、
トリン・T・ミンハ
監督、脚本、編集:トリン・T・ミンハ
撮影:キャスリーン・ピラー